2009/07/21

評価指標選定の舞台裏

NQFの件で、もう少しだけ舞台裏を。
(といってもプロセスは公表されていますが、、。)

委員会を傍聴する前日に、私のアドバイザーの知人(元委員)から
「この委員会は、ソーセージを作るプロセスを見るようなもんだ
(like watching sausage getting made)」、と言われました。

つまり、ソーセージ自体は美味しいけれども、
それを作るプロセスはおどろおどろしいものであり、
「指標そのものに関心のある人間は失望させられる」と。

個人的には指標以外の部分、組織の合意形成過程にも
非常に興味があったので、実際垣間見ることができた
政治的な駆け引き等はとても興味深いと思いました。

特に、前回の記事の「生存率予測」についてですが、
この指標を保険の購入者サイドが提出した理由としては、
  • 不完全であっても消費者が求めているという確固たる使命感と、
  • 指標の使用が、精度の高い情報を保有しつつも公表していないSTS(胸部外科学会)への情報開示の圧力として機能しうるという読み がありました。
後者の読みは、まさにその通りに機能しているように見え、
実際に委員会の最中のパブリックコメントの時間に
STSからの電話傍聴者から、
「1年以内に何とかデータを公表する策を検討中だ。
(≒だから生存率予測の指標は落選させてくれ)」
との意見がありました。

消費者・保険の購入者サイドからしたら、
これだけでも御の字でしょう。

その後、STSの意向はともあれ、指標は採択され、
それに怒ったSTSや他の医療提供側の団体は、、、

と、これ以上は公表されておらず、
本当の舞台裏になってしまうので書けませんが、
色々噂が飛び交ってしまうような、大変な世界のようです。。

2009/07/18

NQFの委員会傍聴@D.C. (2/2)

前の記事で述べたことを知れただけでも個人的には
大きな収穫でしたが、一番の学びは
「委員の人選そのものが組織の性格を大きく規定する」
ということを実感できたことでしょうか。


今回、一連の指標候補の中で一番意見が割れたのは
「生存率予測」という、保険の購入者サイドの団体から
提案があった指標でした。

この指標は手術の死亡率と、その手術の実施件数を基に
生存率の将来予測値を割り出す仕組みですが、
死亡率を算出する際にリスク調整*がなされないことや、
手術の実施件数とアウトカムの関連性に関し
医療提供者側の委員が強い難色を示しました。

普通のアウトカム指標であれば、NQFは
リスク調整をすること、もしくは、
リスク調整をしない場合はその根拠を提出すること
を求めています。

指標の推進者サイドの委員は、「リスク調整をしなくても
リスク調整後と同程度の精度の高い予測値がでる」という
ミシガン大学の研究結果を引用していましたが、
それでも医療提供者側の委員の懸念は変わりませんでした。


そもそもこの指標が提言された背景には、
なんだかんだアメリカでは手術の死亡率に関する
全米レベルの公表データがない**という事実があり、
保険の購入者側が次善策として提案したのでした。


両者の溝は最後まで埋まらぬまま、ついに投票へ。


結果は、賛成8、反対6、棄権1(推進者自身)、
ということで、この指標はかろうじて委員会を通りました。

面白いのは、その票の内訳です。


賛成した8人の委員のバックグラウンドは
消費者団体、保険の購入者、
地域におけるQuality Improvement実施主体。

一方、反対した6人のバックグラウンドは、
医師の団体、病院団体、研究者でした。


不完全な指標でも情報を知りたい消費者・保険購入者と
完全でないなら評価されたくない医師・病院。
両者の立場の違いが鮮明に出た瞬間だったと思います。


そして、もっと重要なのは、委員の構成であって、
消費者・保険購入者がマジョリティを握っている現状に
おいては、何かぎりぎりの決断が迫られたときは
常に消費者サイドに有利な結論になる、ということです。


委員の人選そのものがいかに重要か、ということを
強く実感させられた出来事でした。


NQFがどの程度意図して現在の委員の構成比を決めたかは
分かりませんが、私には、
「色々な利害関係者の意見を聞きます、でも、
 最後は消費者を尊重します」というメッセージに聞こえました。***


翻って日本はどうでしょうか。

医療政策立案において重要な役割を果たす中医協については、
基本的に、保険者 対 医療提供者 という委員構成になっています。

この構成でどの程度患者の視点が織り込まれるのかという点は、
やや疑問には思います。


そういう意味においては、医療政策国民フォーラム
委員構成のバランスの良さは目を引くものがありました。

この団体がこれからどのようなアウトプットにを出して行くか、
実際に政策にどのような影響を与え始めるか、
行方に注目したいと思います。


注釈
*リスク調整…重症の患者さんを多く扱う病院と、そうでない病院を公平に評価するために、「どの病院も同じくくらい重症の患者を扱ってたらどうなってたか」という仮定(モデル)の下で死亡率等を計算しなおすこと。

**STS(胸部外科学会)や州政府、CMS等、おのおのでデータを持っていますが、公表されてなかったり、患者層が限られていたりで、全米レベルでのデータは無い状況です。

***(後日談:この委員会の上に位置づけられている役員会は医療提供者が過半数を握っているので、必ずしもNQFが消費者よりだとは言えないみたいです。)

NQFの委員会傍聴@D.C. (1/2)

NQF(National Quality Forum)の委員会を傍聴するために
ワシントンDCへ出張してきました。

NQFは、以前の記事にも書きましたが、
医療の質の評価指標に お墨付きを与えるような機関です。

今回のミーティングはCSACと呼ばれる内部委員会の集まりで、
この委員会では
  • お墨付きを与えるにあたっての基準のあり方
  • お墨付きを与えた指標のメンテナンス
  • 新たな指標への対応
を行います。

この委員会での決定事項がBoard Meeting(役員会)で
諮られ、最終決定となるので、かなり重要な委員会です。

委員会のほぼ全てのプロセスは公にされており、
今回の委員会も一般人の参加が可能になっています(電話/傍聴)。
日本からでも電話での傍聴ができると思います。

委員会が設立されてから2~3年が経ち、局面としては、
新規の指標をどんどん承認するという当初のスタンスから、
より慎重に、基準やNQFそのもののあり方を再確認しながら
話を進めている印象でした。

指標の取捨選択に加えて、以下の点が、
今回の大きな論点となっていました。
どれも決定的な結論には至りませんでしたが。。
  • 500以上の指標があるが、使われていない指標を承認し続けるかどうか。
  • 指標のデータが公表(Public Reporting)されていない指標を承認する必要があるか。
  • また、そもそも何を以ってPublic Reportingにあたると解釈するのか。
  • 遂行率がどの病院も高水準になり、病院間で統計的な有意差が無くなるに至った指標を承認し続けるかどうか(ex. 急性心筋梗塞の入院時点におけるベータブロッカー処方等)
  • 似たような指標が提案された場合、最良を選ぶのか、選定基準を超えていれば似たような指標が混在していてもよいのか。 etc…

さすが、この分野で先進的なことだけあり、
日本では今後数年はぶち当たらない問題に思えます。

ただ、NQFの存在意義としてある程度深刻な問題があるとしたら、
それは現状の活動がやや指標にフォーカスしすぎている点です。

この点については、議長さんも最後の締めくくりとして、
「指標のことも大事だが、このような活動が実際に医療を変えるかどうかが一番大切だ…医療の質を向上させるための戦略を練る必要がある…どのように患者の行動を変えるか、どう関係者を本気にさせるか…そういう方向に活動の焦点をシフトしていかなければならない」
みたいなことを話していました。

個人的な問題意識もそういう方向へ向かって来ているので、
そうそうそうよね、と頷きながらの閉会でした。

2009/07/10

これぞパブリックヘルス

アメリカの医療制度改革、と言えば今は
無保険者をどうカバーするかが最大の焦点ですが、
この政策にせよ、対症療法的と言えば対症療法的です。

もっと根本的なところで、どうすればアメリカ国民を健康にできるか、
という話が出ない限りはこの国の医療費はこれからも
圧倒的なスピードで上昇し続けるのでしょう。
(人口の34%が肥満で、そういう人たちが高齢期に
 差し掛かったら一体何が起こるんでしょうか。。)


そんな背景があるので、一連の医療改革話の中で
「公園や歩道を沢山作ろう」という動きが一部で出てきたのは
パブリックヘルス系の人間にとっては、おぉ!という感じです。

この未曾有の経済危機下で公園なんて作ってられっか、
なんてお叱りを受けそうですが笑。 
まぁピースフルでいいじゃないですか。
なんて、エビデンスはそれなりにあるんでしょうね、
即効性はないにせよ。

まぁ、日本もそうですが、親が子供を外で遊ばせなくなっている、
ということも聞くので、治安対策等とセットでやっていく必要も
あるでしょうが。

2009/07/02

医療の質と消費者の選択

医療の質の情報をオープンにすることの主な目的は
消費者・患者に賢い選択をしてもらうことですが、
実はこの点はアメリカでも思ったよりも上手くいっていない、
というか、良く分かっていないのが実情です。

ニューヨーク州では早くから心臓手術の成績を病院別・医師別で
実名公表していますが、当初予想されたような患者の大きな移動が
起こらなかった事実は、指標の推進者自身が認めています*。

ほとんどの場合、患者はデータの存在を知らないまま
手術に突入しているというのが現状です**。


ニューヨーク州のデータが、Googleで簡単に見つけられる場所に
あるとは思いませんが、仮に見つかりやすいところにあったところで
消費者・患者が病院選択に際し、そもそもインターネットを使うのか、
前提条件から疑ってみたほうがいいのでしょう。

ネット上にある、CMSのHospital Compareも、Leapfrogのデータも、
厚労省のDPCページも、現状では、普通の消費者・患者が
利用しているとは思えません。


消費者に情報を探す能力を高めてもらう、という何らかの政策や啓蒙も
いいのかも知れませんが、気が遠くなってしまいそうです。
むしろ、保険者や政府による規制の方が現実的な気がします。


保険者からの規制で言えば、例えば、メーン州の保険者が
質の悪い病院を保険のカバーから外したりしています。
担当者いわく、患者の受療行動に変化が出たそうです。
ドラスティック過ぎて日本では受け入れられないと思いますが。。

政府の規制で言えば、かかりつけ医から病院への患者紹介時に
何らかのインセンティブ・ディスインセンティブを付与することは
日本だったら実現できる可能性が高い気がします。


どんな方策を取るにせよ、
最終的には患者がいい病院で医療を受けないかぎり
「医療の質評価」業界の目的は達成されないわけで。

業界としても、質評価の方法論から、
質に基づく受療パターンの変容に活動の焦点を移していくことが
求められているのだと思います。


*Chassin, M. R., Hannan, E. L., & DeBuono, B. A. (1996). Benefits and hazards of reporting medical outcomes publicly. New England Journal of Medicine , 394-8.

**Schneider,E.C., Epstein, A.M. (1998)Use of public performance reports: a survey of patients. JAMA , 279(20): 1638-42.